竹田市トップページ > 写真ニュース詳細

写真ニュース詳細

写真ニュースの詳細です。

写真ニュース詳細

2017年06月17日

現代に蘇った宝刀「蛍丸」−若き刀工、見事復元へ

 蛍丸は、鎌倉時代末期の名工・(らいくにとし)が作った刃渡り3尺3寸(約1b)の大太刀。建武3(1336)年の多々良浜の戦いで、阿蘇氏十代当主の阿蘇(これずみ)は足利尊氏を迎え討ち、この愛刀を手に奮戦。眠りに落ちたは幻想的な夢を見ます。それは無数の蛍が現れ、太刀の周りを舞うというものでした。翌朝目覚めると刃こぼれだらけだった愛刀は不思議なことに美しい元の姿に戻っていたという言い伝えが残っています。

 阿蘇神社(熊本県阿蘇市)の宮司を務める阿蘇氏に代々伝えられ、戦後の混乱期に行方不明になった宝刀「蛍丸」の復元を目指して立ち上がったのが、岐阜県関市の福留房幸(本名・裕晃)さん(32歳)と、竹田市荻町の興梠(こうろき)房興(本名・宏明)さん(35歳)の若き刀工2人です。

 制作費はインターネット上で資金調達をする「クラウド・ファウンディング」を活用。支援者は延べ3193人に達し、4512万円の資金が集まりました。

 

 2016年2月、阿蘇神社で火入れ式を行なわれ、荻町馬場の興梠房興日本刀鍛錬場で復元を開始。現存する資料を基に日々鋼を鍛え、見事に復活させました。蛍丸の写し(模写を意味する)は6月17日、2人の手によって阿蘇神社に奉納されました。「多くの支援者に支えられ、無事に奉納という区切りを迎えることができた。たくさんの方に見ていただければ幸いです」と2人は語りました。

 

 

 

↑「蛍丸」復元に向け、日々鋼を鍛えた興梠さん(竹田市荻町の日本刀鍛錬場で)

 

 

 

↑ 研ぎあげた蛍丸を手に、福留さん・興梠さんのお二人が市長を表敬

 

 

 

 

↑「蛍丸」を一目見ようと多くの見物客が集まるなか、

「蛍丸」は阿蘇神社に無事に奉納されました。

 

 

このページに関するアンケート

質問:このページの情報は役に立ちましたか?

役に立った  どちらともいえない  役に立たなかった

質問:このページは見つけやすかったですか?

見つけやすかった  どちらともいえない  見つけにくかった

質問:このページの内容は参考になりましたか?

参考になった   どちらともいえない  参考にならなかった

ページの先頭に戻る