緊急企画展!「戦国の猛将・中川清秀ー賤ヶ岳合戦の真実ー」
展示概要
岡藩の初代藩主・中川秀成(ひでしげ)の父・中川清秀について紹介するパネル展示を、竹田市歴史文化館ロビーにて開催中です!
清秀の人物像について、賤ヶ岳合戦での様子を描いた絵図や文書、肖像画といった史料に基づいて、パネルで解説しています。羽柴(豊臣)秀吉が清秀亡き後の中川家に対して送った書状なども紹介しています。
史料に基づいた中川清秀の人物像や合戦での戦いぶり、その思いについて知っていただければと思います。
中川清秀ってどんな人?
「大岩山本陣図」(部分)
竹田市歴史文化館蔵
中川清秀は摂津国中河原村(現・大阪府茨木市中河原町)近辺で誕生し、摂津国池田城主・池田筑後守勝政に仕えました。徐々に勢力を伸ばし、元亀二年(1571年)には摂津国茨木城の城主にもなりました。天正6年(1578年)に織田信長に帰順した後は羽柴秀吉とも交流をもち、秀吉と義兄弟の契りを交わしたともされています。
信長の死後、明智光秀を打ち破った秀吉と、織田家家臣・柴田勝家の権力争いが激化し、天正11年(1583年)賤ヶ岳合戦が起こります。清秀は大岩山砦(現・滋賀県長浜市)を守っていましたが、佐久間盛政による奇襲に遭います。「大臆病ノ輩ニ何ソ組スヘキ」(中川氏御年譜)と奮戦しますが、味方の多くが討ち取られ、清秀と家臣たちは自害を選びました。
開館情報など
「賤ヶ岳之図」
竹田市歴史文化館蔵
ロビー展は竹田市歴史文化館入口を入ってすぐの場所にて開催中です。
観覧料は無料ですので、皆様ぜひ足をお運びくださいね。
【開館時間】
9時~17時(最終入場16時半)
【休館日】
木曜日、9月2日(水曜日)
この記事に関するお問い合わせ先
竹田市歴史文化館 由学館
〒878-0013
大分県竹田市竹田2083
電話:0974-63-2200
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更新日:2026年09月01日